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元ヒーラーの覚え書き的な日記

ヒーリング、スピリチュアル、代替医療、ホメオパシー、などを、忘れないうちに綴ってます

三輪大社@お付き合い

何度もブログに書かせていただいたのだけど、奈良の一宮、三輪大社と縁が深い。

ルーツは父方は愛媛、母方は広島なのだけど、もしかしたら、過去世的に、あるいは遺伝子的に奈良の血が入っていて濃くでているのかもしれない。

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28歳のとき、ホメオパシー代替医療に連れて行かれたのは、あきらかに三輪参拝後だったし、

その後、ホメオの学校を卒業しプロになってから、シータヒーリングを知って、シータヒーリングを知ったのは、2007年の3月の誕生日だった。WEbで調べてみて、当時のシータジャパンのWEBの、その怪しさに驚き、でも気になるので、やってもいいかどうかの伺いを立てに、その2日後の3月16日に参拝した結果、出てきたこたえはOkだった。

 

幻光という現象が空にでてたのだ。

ターコイズブルーの傷のない空に、白金色の太陽が光り、光の輪が太陽を囲んでいた。

で、太陽から十字に光が走り、横180度に走っている光と、光の輪との交差点に白い光が大きくたまり、一つの太陽のように耀き、水平上に3つの太陽が並んでいるかのようになった。

さらに上空には虹が2本かかっていた。

OKだと受け取った。

 

その後、シータのインストラクターへのレールに乗ってするすると順調にきてた。

貴重な経験をし、そして、セッションやセミナーを通じて、すばらしい人たちと邂逅できた。

普通の仕事の100年分くらいの経験をしたんじゃないかと思っている。

ヒーリングやセラピーの仕事をするにあったって、仮に何かを犠牲にしていたとしても、それ以上の学びや収穫はあった。三輪大神の指針は正しかったとおもう。

シータのインストとして順調にきていたはずの3年目、そろそろ、ヒーリング・セラピーの仕事をやめるようにとの、

メッセージをうけて、シンクロが始まったのは2009年の秋ごろだった。

最初はいやだったが、あまりにしつこいので、では、もう、そうしようかときめ、

2010年の3月をめどにクローズを決めて、クライアントさんたちに通達を始めた。

人智つくせども、神智にはかなわず、

その意味を痛いほど学んだので、流れにのるしかなかった。

その2010年の3月というのは、よく考えると、最初の三輪参拝から12年目、

シータをどうしようか伺ったときの2007年3月の参拝から、きっかり3年目にクローズすることになった。

3がつづいている。

ともあれ、先日、お礼の参拝に出かけた。

これからする新しい仕事の研修を受けている最中なので、

この仕事でいいのかも伺った。

空を見ると、また、答えがでてた。

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 綺麗なブルーの空に白金色の太陽が耀く。

そのまわりに、また、光の傘がかかり、◎の形になっていた。

3年前のあのときのように虹はかかってなかったし、幻日のように、3つの太陽はできてなかったけど、

完璧な光の輪が、太陽を囲んでいた。

この仕事は、OKらしい。

その日は、3月30日だった。

不思議と、3が続く。

でもって、今日、年金手帳の再発行に行って来た。

勤める会社に年金手帳を提出する必要があったのだけど、

年金手帳自体が実家にあるので、

とりにいくのがめんどくさくて再発行してもらいに役所にいってきた。

開いて、あれれ、と思ったよ。

年金開始日、平成3年3月13日、となっている。

まだまだ3が続くようだ。

わかりやすくて、好きだな@三輪大社